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2008/04/29 ノウサギ ライフログ
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2011年 08月 12日
昨日の17:30頃、会社からの帰路途中、家までもう少しのところの田んぼの道に入ると、稲穂の実り始めた田んぼの向こうに大きな動物の姿を見かけました。距離は30mほどだったでしょうか? 豚のような姿をしていて、犬にしては大きさが妙に大きく、それがイノシシだとひらめくまでに少し時間がかかりました。自転車をこぐ足を緩めながら半信半疑でイノシシの姿を見ているうちに、向こうも私を認識したのでしょうか、驚いた様子もなく、私がそこにいることなど気にも留めないような素振りで、ゆっくりとした動作で芦原の中に戻っていきました。
おそらくこれまでに50種以上の野生の哺乳動物と出会ってきている私にとって、野生のイノシシとの出会いはこれが初めてでした。連日の猛暑をもたらしている夏の太陽が西に傾き始めた夕方の田園風景の中で、凶暴なイメージの付きまとうイノシシとこんなにも穏やかに時間を共有できるなんて、想像もしていませんでした。きっと野生の生きものたちとこんなに平和に共存できるのならば、環境問題なんて存在しないか、もしくは存在してもさほど深刻にはならないのでしょうね。イノシシが草原の中に姿を消した後も、私の心の中には強烈な印象が残りました。 2011年 07月 27日
今年は思いの外、梅雨が早く明けたので、夏山に行きたい自分の気持ちが抑えられず、海の日の三連休に家族を巻き添えにして山に出掛けました。まだ末の子が2歳で本格的な登山は望めず、かと言ってどうせ行くなら日常からは隔絶した風景の中に行きたいという思いも強く、選んだ先は駒ヶ岳ロープウェイのある中央アルプス。テント一式を担いで、2,956mの木曽駒ケ岳を目指すことにしました。 稜線までの道のりは決して楽なものではありませんでしたが、2歳の二男、6歳の長女をはじめ、家族みんなが本当によく頑張って歩き、たどり着いた稜線で一夜を過ごしました。雲上の世界の中で過ごした時間の中で、家族それぞれがそれぞれに成長したように感じました。私も大人になってから山に育てられた身。山には人を成長させる力があるんだろうなと思います。 先週9歳の誕生日を迎えた長男は、私とともに2,931mの岩峰・宝剣岳にアタック。鎖のあるルートを慎重に、楽しそうに登り詰め、余裕の表情で山頂を制覇。危険なルートと言えば言えなくもないですが、下りてきた後に母親に見せていた息子の喜びのあふれ出るような表情を見ると、このようなところだからこそ得られるものも少なくないのだろうと思いました。 私がはじめて家族での一泊の山旅行に連れて行ってもらったのが小学4年生の夏。そのときの経験が忘れられず、大人になってから再び山を歩くようになりました。3年生の息子の記憶にも、山頂に立ったときのあの感覚は、きっといつまでも残るのだろうなと思います。 2011年 07月 15日
裏庭にガーデンテーブルが完成しました。5月半ば頃から何となく作りたいと思い始め、ホームセンターで材料などを見ながらあれこれ思索しつつ、6月に入ってから意を決して材料を発注したものの、週末は用事があったり雨だったりで遅々として進まず、梅雨の明けた先週末にようやくテーブルとして形になりました。家を建ててから、DIY はほとんど初めてですが、どうせ作るなら自分で気に入ったものにしたいと思い、無償のCADツールを探してきて十数年ぶりに設計図面を描き、ウッドデッキ用のツーバイフォーおよびツーバイシックスの板材のみから作ってみることにしました。 (板材はこちらから手配しました。→ウッディロバート) 設計のポイントは次の3点 ・長手方向が 1800mm 程度の比較的大きなもの ・完成後、ぐらぐらしないこと ・不要な時に分解して片づけることが出来ること 私自身、電動工具をまったく持っておらず、普通のノコギリとハンドドリルのみでの加工スタートとなりました。手作業で精度の良いものが出来るのだろうかと不安も多々ありましたが、やってみると意外と何とかなるものだということがわかりました。(6年ほど前に、袋井市の家具工房の先生にテーブル作りを一通り教わったおかげです。) 日曜日の夕日の沈む頃、最後の加工が終わって組みあがった時には、体の内側から湧き出て来るような達成感を久々に味わうことができ、ビールの旨さもひとしおでした。まだ塗料のにおいが抜けませんが、使い心地もまずまず。やって良かったと思います。子どもたちもその日以降、「外で食べよう」という日が多くなりました。 夕暮れのテーブルに着いてお酒を飲みながら森の景色を眺めていて、自分はこの場所が好きなのだなあと改めて感じました。隣りの森が開発される前にテーブルが完成して良かったと思います。 2011年 05月 13日
新年が明けた頃、「今年は家族とたくさん旅行に行く年にしよう」と、漠然と思うところがありました。子育ての諸先輩方から「家族が一緒に動けるのなんて、ほんの一時だよ」という話を何度も聞いたせいもあるのだろうと思いますが、それならば行けるうちに行くに限るとの思いから、2月の3連休の信州・霧ヶ峰、春休みの沖縄・座間味に引き続き、今回ゴールデンウィークには、夫婦それぞれのルーツのある四国を旅することになりました。ある程度お金をかける覚悟はしていたものの、毎回家族5人での旅ということになると費用もかさむことから、今回の四国旅行のコンセプトは宿泊費を抑えた「キャンプ旅行」。行きも帰りも夫婦交代で夜通し車で走り、4泊7日で宿泊費総額が2,850円というかなり経済的な(無謀な)旅にすることが出来ました。それでも食費やフェリー代などがかさんだことから、旅費総額は10万円弱になりましたが、大型連休に家族5人で1週間旅をして10万円というのは格安と思います。姫路城、小豆島、高松、善通寺、松山城(坊ちゃん列車)、道後温泉、伊予大洲、とべ動物園、鳴門、淡路島。盛りだくさんの思い出深い旅となりました。(写真は小豆島にて) 私がキャンプ旅行を志向するようになったのは、独身時代にテントを担いで大雪山に行っていたときの体験から。おそらく日本でも指折りの美しい景色の中で1週間を過ごしてもお金は払わないでも良く、このことが不思議でなりませんでした。寝泊りするということについては、基本的にはお金の掛かるものではないのだろうなあという感覚が、今も自分の頭の中から抜けていません。今年の間にもまた何度かキャンプ旅行に出掛けることになるのだろうと思います。 小学3年生の長男は今年で9歳。まだまだ小学校の低学年と思っていましたが、私が大学入学と同時に家を出たのが18歳ですから、もう家にいる期間の半分が早くも過ぎてしまうということなのかも知れません。星野道夫の著書に引用されていたカリール・ギブランの詩を思い出します。 あなたの子供は、あなたの子供ではない。 我が子たちが家にいてくれることに感謝し、その時を大切にしたいと思います。 2011年 04月 06日
3月19日、沖縄・座間味島沖で出会ったザトウクジラ。2ヶ月前から計画し、予約も済ませていたとは言え、震災で世の中が大変な事態になっている中で、果たしてのんきに家族旅行などに行っても良いものだろうかと悩みましたが、こんなときだからこそ自然の中で身一つで生きているクジラたちから学ぶことも多いだろうと思い、出掛けてみることにしました。ザトウクジラに出会うのは、新婚旅行のマウイ島以来10年ぶり。ザトウクジラと聞いて記憶に蘇ってくるのは、ジャンプしている姿よりも何よりも潮を吹くときの「ブオッ」というあの音でしたが、10年経って再び巡り会ったその音が、とても懐かしく感じられました。クジラを観ながら今回はいろんなことを考えるのだろうなと思っていたのですが、意外とそのようなことにはならず、ただひたすら目の前を泳ぐクジラの群れに視線を引き付けられていただけでした。 ですが、震災で少なからず動揺していた自分の心が、旅の中で少しずつ、沖縄の大きな自然に癒されていくのを感じていました。自然によってもたらされた災害ではありましたが、大きな自然の風景の中に身を置いていると、その同じ自然に優しく包まれるような安心感があり、結局自分たちは海や大地に抱かれながら生かされているのだなあとの思いが身に染みました。また、コンビニはおろか、電車やバスも必要のないような小さな集落での、島の人たちの素朴な暮らしも新鮮に映りました。きっと、こういう暮らしをしている人たちが一番、何かのときには強く生きていけるのでしょうね。 沖縄から帰って来てから、電線にはツバメの姿を見かけるようになり、家の裏の空き地にはスミレの花がたくさん咲きました。いつもと同じように春が来るということほど安心させられるものはありません。最近出会った言葉に「幸せというものは、求めるものでも手に入れるものでもなく、気づくもの」というものがありましたが、平和というものもきっと同じなのでしょうね。慎ましく生きたいと思う今日この頃です。 2011年 02月 04日
節分の日の昨日、結婚10周年を迎えました。「ここで暮らすことで、人生に必要なものとそうでないものとが見極められそうだね」と、袋井市の郊外の田舎町に借りた戸建てにて、東京から来た家内と静かな生活を始めたのは、ついこの間のことのような錯覚を覚えますが、久しぶりに眺めたあの日の写真の中の二人は驚くほど若く、ずいぶんあれから長い時間が経ったのだなあと気付かされます。 それまで北海道をはじめ、ふらっとあちこちを旅をしながら独身時代を謳歌していた自分にとって、結婚生活とは必ずしも肯定的なものではありませんでしたが、自分とは違った個性を持つパートナーと、同じ屋根の下でお互いをリスペクトしながらの生活は、それまでの自分にはなかったものをもたらしてくれるもので、想像していたよりも充実したものでした。2年目に生まれた長男は今では8歳となり、5歳の娘、2歳の末の子が兄弟の輪に加わるようになって、家族はますます楽しくなっています。少しずつではありますが、10年の間に積み重なってきたものは大きいと実感します。 2001年2月3日。親兄弟を集めてささやかに開いた食事会の席で、33歳の自分は「小さな幸せを、幸せと感じられるような家庭を築いてゆきたい」と挨拶をしたことを覚えています。今思うと、若かったのにその当時には大事なことに気付いていたのだなあと自分に驚く部分もありますが、今ならもう少し違った感覚で捉えられるような気がしています。それはたぶん、日常の何気ないことに感謝の意を持つということだと思います。毎朝の食事が自然の恵みから出来ていること。今日も太陽が照っていること。毎日食事の支度をしてくれる家内。家族を明るくしてくれる子どもたち。毎朝新聞が届くこと。通勤電車が毎日時間通りに来てくれること。書ききれませんが、日常の身の回りはたくさんの「ありがとう」であふれています。その「ありがとう」に気付くことが幸せであり、幸せというのは感謝と切り離せないものなのでしょう。そして、感謝の気持ちを忘れて物事を当たり前と思うようになってしまったとき、人は不幸になってゆくのでしょう。晩婚だったので金婚式までは生きられるかどうかはわかりませんが、また10年後に一回り成長した自分たちに会えるのが楽しみです。 2011年 01月 10日
風呂上りのまだ体のポカポカしているときに外での用事を思い出し、庭に出てみると、冬の夜らしく星空がきれいでした。星という星が瞬いて見え、立ち止まってしばしの間、オリオン座の昇った東の空を眺めていました。空気は冷えて寒いけれど、心はホッと温まり、寒い季節ならではのホットな気持ちを感じました。長男の小学校の冬休みの宿題に、ノー・メディアデーという課題がありました。冬休み中にテレビやゲーム機のスイッチを入れずに一日を過ごす日を設けて、その日は家族と話をしたり、ゲームをしたりして過ごすというものです。日頃からテレビ中心の生活にはならないよう心がけてはいるものの、正月は実家や親戚の家で何となくテレビをだらだらと見て過ごしていたこともあり、改めてこのような日を設定することにより、夜寝る前にその日一日の楽しかったことを振り返る時間などができて、団らんの大切さを再認識するよい機会となりました。テレビやゲーム機に限らず、インターネットや携帯メールなどの便利なメディアの普及とともに、何気なく自分のすぐ隣りにいる人と過ごす時間をおろそかにしてしまっていることを、時折、感じています。テレビなどのメディアのなかった時代には、夕食後は囲炉裏を囲んで家族の団らんが普通のこととして行なわれていたのだろうと思いますが、家族との団らんの他にすることの選択肢がない状態というのは、きっと豊かで幸せなことなのだろうと思います。
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